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新聞各紙が、「早稲田優勝」の記事を大きく取り上げていた日。
NHKサンデースポーツで、「大学ラグビー 宿敵対決の裏側」と題して、
関東学院の春口監督の特集が放送された。
春口先生のラグビーに対する情熱や、関東学院大学ラグビー部との長くて深い関係などを、
幾つかのエピソードを散りばめながら、15分に凝縮して見せてくれた。
知っている話も多かったが、いや〜、あらためて感動! またもウルウル!
特集を見た人は、関東学院ラグビー部の歴史を知り、春口監督の偉大さに感動しただろう。
春口監督を支持するファンが、さらに増えたかもしれない。いい特集だったなあ!
そこで、特集の内容に沿って、思いを巡らせてみようかと。
話は、30年程前へと遡る。
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日体大を卒業した春口先生は、恩師である故綿井永寿監督の薦めにより、
関東学院大学ラグビー部を指導することになった。
部員はたったの8人。貝殻だらけのグランド。リーグ戦3部最下位からのスタートだった。
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やまびこが、綿井先生からグランド要請を受けたのは、昭和44年のこと。
その当時は、葦や熊笹が覆い茂っていた湿地帯を開拓した畑で、高原野菜を育てていたが、
その畑を整地して、土グランド1面を造った。
翌45年、日体大ラグビー部の夏合宿はやまびこで行なわれることになり、それから20年程続いた。
大学や高校等のラグビー部顧問で、日体大卒の先生方の中には、学生時代にやまびこで合宿
したという方も多い。 春口先生もその中の一人。学生時代はもちろんのこと、卒業後、
代表合宿のコーチスタッフとして、何度もお見えになった。
つまり、『ラグビー合宿の宿』として新スタートを切った頃からの、長い長〜いお付き合いな訳で、
”お客様”というよりも、”仲間”というか、”家族”というか。とにかく親しくさせて頂いている。
たくさんの懐かしい話があるけれど、ここでは伏せておこう(笑)
そんなご縁で、関東学院ラグビー部の合宿を、やまびこでお引き受けするようになった。
以来ずっと、関東学院ラグビー部と春口監督を、遠くから見守り続け、応援し続けてきた。
ちょっと余談になるが・・。
その当時、ラグビー協会事務局長をしておられた綿井先生の助言もあって、日本代表の夏合宿は、
昭和42年から、菅平高原へと場所を移した。
「各宿で持ち回り制にしよう」という話で始められ、昭和46年の夏には、やまびこで行われた。
合宿を受けるにあたって、土グランドからの泥を館内へ持ち込まれないようにと、『シャワー室』を
設けて、練習後に水シャワーを浴びられるようにしたところ、なかなか好評だった。ホテルのすぐ
前にグランドがあるので、移動時間もかからず、快適なことも受けたのだろう。選手たちは、
「毎夏やまびこで合宿したい」と言って、協会を困らせたとか。
それから30年。代表関係の夏合宿は、今でも、毎年やまびこで行われている。
ちなみに、シャワー室は、今もそのまま残っている。
芝グランドが主流となり、泥まみれになることも少なくなった現在では、練習後は大浴場へ直行。
水シャワーを使う人など誰もおらず、シャワーが並ぶ辺りは、用具置場と化している。
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リーグ戦で2度目の優勝を果たして、綿井先生の所へ報告に行った時のこと。
綿井先生は、春口先生を褒めるどころか、厳しい言葉で諭された。
スパルタ指導で、合わない部員をたくさん辞めさせた上で、優勝したって、何にもならない。
「ラグビーを通して教えたことは何だった? ラグビーとは仲間作りじゃなかったのか?」
その瞬間、スッーとした。忘れていたことに気づかされた。
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ラグビーを通して出会えた大切な人々。苦しい日々をともに過ごした仲間。
やまびこもまた、ラグビーを通して、たくさんの方々と出会うことができた。
強い・弱いにかかわらず、たくさんのチームが、合宿所として利用して下さっている。
体育会系の気質から、上下関係や横のつながりは、かなり強い。
師弟あり。先輩・後輩あり。同級生あり。ライバルあり。兄弟あり。等々。
「○○さんと○○さんは、○○○つながり」なんていう、意外な関係を聞いて驚くこともある。
春口先生のように、親子二代で、やまびこ合宿を経験される方も増えてきた。
現役時代にやまびこで合宿しました・・と言って、自分の教え子たちを連れてきて下さる方も多い。
高校→大学→社会人、と所属チームが変わっても、やまびこ合宿が続く、運の悪い方もいる(笑)
長年来て頂いているチームがある一方で、様々な理由で去っていったチームもある。
チーム事情で、他エリアで合宿することになったり。
合宿日程が合わず、こちらの都合でお断りすることになったり。
部員数が減って、廃部となってしまったり。 等々。
それはそれで仕方ない。また新たな人々との出会いがあるのだから。
ラグビーを通じて、人が人を呼び、人の輪が少しずつ広がっていく。
『ラグビー合宿の宿』として、皆さまからご支持頂き、何とかここまでやってきた。
「やまびこに来て、その顔を見ると、夏合宿に来た〜って感じがするよ」
なんて言って頂くと、つい嬉しくなってしまう。
お待ちしておりました。1年ぶりの笑顔・・。
夏の菅平に集い、再会し、ラグビー談義に花を咲かせる。練習試合を組んで、交流するもよし。
やまびこが、その出会いの起点になれば、と思う。
いろんな方が、やまびこで合宿した日々のことを、思い出して下さればありがたい。
たくさんの人との出会い、築いてきた繋がりは、貴重な財産。大切にしていこう。
初心にかえって。これからもずっと。
さて話は、平成10年1月。大学選手権決勝当日のこと。
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前日までの雪が一面に降り積もり、国立競技場はとても試合できる状態ではなかったが、
試合に出られない部員たちが、開始ギリギリまでにきれいに雪かきして、グランドを蘇らせた。
「初めて部のために役立ったな」
寒い中で、懸命にボランティアしてくれた仲間の姿を見て、当時の箕内主将は、
「雪かきしてくれた部員たちのためにも、絶対に勝たなければ!」
とゲキを飛ばした。それを聞いた春口監督は、
「今日はもう何も言うことはない。絶対勝てる。もう結果は見えている。」
と、熱い思いで、選手たちを送り出した。一生懸命やればいい。ラグビーを楽しんで来い。
関東学院は見事初優勝を手にした。
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仲間を信じた。仲間を讃えた。みんなの力が一つになって、夢を達成することができた。
初優勝から、6年連続で決勝進出を果たし、優勝4回・準優勝2回という素晴らしい戦績を残した。
弱小チームから、誰もが認める最強チームにまで成長を遂げた。
その裏には、長年チームを引っ張ってきた、熱血指導者=春口監督の力があった。
ラグビー部とともに歩んできた、先生の30年の歴史がある。先生は、照れながらおっしゃった。
「関東学院ラグビー部とは、人生そのもの」
先生から指導を受けた卒業生たちの名前が、いろいろな社会人チームで見られるようになった。
卒業後も、ラグビーをエンジョイし、活躍しているOBたち。
関東学院ラグビー部の伝統や心意気は、少しずつ確実に受け継がれている。
平成15年1月11日。試合後の慰労会にて。春口監督のご挨拶。
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「残念です。悔しいです。素直な気持ちです」
そう言いながらも、既に来年を見据えて、
「新たな闘志がわいてきました・・・・必ず来年、雪辱してみせます」
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さすがは春口先生。力強いお言葉だ。そうだそうだ、と言わずにはいられない。
その場にいた訳ではないからよくわからないけれど、部員たちは意外にも吹っ切れた顔をしていた。
笑顔も見える。いつもの明るい表情。
1年間信じてやってきたことを出し切って闘った達成感がある。
悔やんでばかりいても仕方ない。前向きでいこう。
ラグビーを楽しむこと。それが関東学院ラグビー部の真髄。
ところで、最近のKGURFCの部員たちは、地獄の夏合宿の日々を振り返ることはあるのか?
『やまびこ』といったら、まず何を思い出すのだろう?
苦しくて辛い練習づけの日々。全身クタクタ。3食と昼寝だけが楽しみで。
でも、1部屋に5〜6人は詰め込まれ、一緒に寝泊りする。息苦しいったらありゃしない。
涼しさと夜空の星は格別だけれど。なんで、コンビニやショップから一番遠い場所にあるんだろ。
時間差で出発するバスに乗り、10分も揺られて、山のグランドへ。練習。また練習。
グランドのすぐ横は牧場で、牛たちがのんきに草を食べている。長閑すぎる風景・・。
3面並ぶ芝グランドは、少し傾斜がある。芝は長くて滑りやすいし、下はぼこぼこ・・。
ああ、どれもこれも嫌な思い出ばかり・・。何かいい思い出ってないの?!
たとえば、やまびこの山のグランド。
秋山コーチが、心を込めて管理されている、関東の立派な芝グランドとは、比べものにもならない。
菅平合宿の前に行なわれるニュージーランド合宿も、いい環境が整っているのだろう。
実は、菅平のグランドを持っている宿は、どこも自分たちの手でグランドを管理している。
芝に対してとても気を遣っている。少しでもコンディションのいいグランドで練習してほしいと願って。
1年のうち、5ヶ月近くも雪の下でじっと耐えている芝生は、春の雪解けともに、再び芽吹く。
種を蒔き、土を入れ、水をやり、芝を刈る。その繰り返し。
夏の1ヶ月半の間は、朝から晩まで、複数のチームに酷使され続ける。
雨の日だからといって、練習や試合を中止にするわけにもいかないので、芝は傷む一方。
7月終わりのジャパン合宿の頃には、まだ青々としているグランドも、8月中旬には荒れ放題。
申し訳ないけれど、こればかりは仕方ない。
「合宿初日は、まずグランドの石拾いから・・」なんていう、のんきな時代もあった。
特徴ある(?)芝グランドでの練習は、菅平の夏合宿でしか体験できないよ(笑)
スケジュール表やメンバー表を見るときって、ドキドキものだよね?
毎晩行なわれる全体ミーティングの後、スタッフ・ミーティングがあって、そこで決定した内容を
マネージャーさんが書いて、各階の廊下の壁に貼り出してくれる。
部員数が多いので、いつの頃からか、伝達事項は壁に貼り出すことになった。スケジュールや
メンバー表・お願い事項など、紙に書いておけば、各自で読んで把握するよう徹底されている。
『メンバーに入っているかどうか・・』
表が貼り出されるのを、部屋で待つ間は、ちょっと緊張感が漂う。
だけど、どういうわけか、みんな歯磨きしながらチェックするんだよね(笑) お疲れ様です。
最終日の打上げ会、なんてどうだろう。バーベキューとキャンプファイヤー。
部員200人を超えていた頃は、仕方なく、焼肉日を何回かに分けて行なったこともあった。
最近では、『部員全員でやらなければ意味がない』と、最終日に全員で行なっている。
春口先生のリクエストにより、キャンプファイヤーすることも恒例化した。
合宿最終日に、焼肉を食べて盛り上がり。炎の下で、心を一つにする。
うん。これは感動的。燃える男=春口監督のボルテージも絶好調!
個人的には、合宿初日と最終日の荷物運びの光景が好きだなあ。
100人を超える大所帯の荷物の多さは半端じゃない。
用具やサプリメントなど、たくさんのダンボール箱を運んだり、ウェイトのマシンをセットしたり。
結構時間がかかる。
力自慢の男たちがガンガン運ぶ、というよりも、部員が一列に並んで、手際よく、流れ作業で運ぶ。
4年生もレギュラーも関係ない。
部員全員が、力を合わせて行なう作業。で、ちょっと微笑ましい。
こう考えると、『やまびこの思い出』って、いろいろあるんじゃないかな。
とにかく、菅平合宿のこと、忘れないでほしい! ときには、懐かしいなあって思い出してくれる?
春口監督の感動話から、どんどん、くだらない話になりました。ではこの辺で・・。
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